大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(く)97号 決定

被告人

川本輝夫

申立人・弁護人

後藤孝典

〈外四名〉

右被告人に対する傷害被告事件に関する裁判長裁判官船田三雄に対する忌避申立事件について、昭和四八年六月六日東京地方裁判所がした裁判官忌避申立却下決定に対し、右申立人等から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の趣意及び理由は、申立人等共同作成の即時抗告申立書(添付してある申立人等共同作成の忌避申立書及び忌避申立原因補充書(その一)並びに申立人山口紀洋作成の忌避申立補充書(その二)を含む)記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、まず、原裁判所は、忌避申立人である申立人等に忌避申立理由を十分に述べる機会を与えず、刑事訴訟法第二一条に違反して同条に定める忌避申立権を実質的に保障せず、ひいては憲法第三一条に違反する手続によつて原決定をしたものであるから、原決定は、これを取消すべきである旨主張する。

よつて、本件被告事件記録を精査して按ずるに、原裁判所が原決定をなすにあたり、船田三雄裁判長(以下本件裁判長という。)は、所論のように、被告人及び主任弁護人の陳述を聞いたのみで、その余の弁護人等(いずれも忌避申立人であると推認される。)に忌避申立理由を述べることを許可しなかつたものであるが、右主任弁護人の陳述の内容は、忌避申立人等が忌避申立理由として述べようとしたと窺われる主要な点についてほぼ尽しているのであるから、本件裁判長の右訴訟指揮に若干妥当を欠く点があると認められないではないにしても、原決定が所論のように違法、違憲の手続によつてなされたものというには足りない。論旨は、理由がない。

ついで、所論は、本件忌避申立は、第二回公判期日の冒頭になされたものであるが、本件についての裁判所、当事者間の事前打合せの段階から第一回公判期日終了までの間における本件裁判長の訴訟指揮及び法廷警察権の行使(以下訴訟指揮等という。)は、常軌を逸し、予断と偏見に満ち、被告人及び弁護人の訴訟上の権利を侵害するものであり、刑事訴訟法及び憲法に違反し、あるいは甚だ妥当を欠く点が多く、被告人及び弁護人等は、本件裁判長の右の態度から判断して本件裁判長が不公平な裁判をする虞があると認め本件忌避申立をしたのであつて、訴訟を遅延させる目的のみでなしたものではないから、原決定は、刑事訴訟法第二四条に違反しており、これを取消すべきである旨主張する。

よつて、本件被告事件記録を精査して按ずるに、所論が右のように違法、不当であるとし列挙する訴訟指揮等につき検討すると、事前打合せにおける所論指摘の点については、記録上これを明らかにすべき資料がない。第一回公判期日における所論指摘の点のうち、特に、被告人及び弁護人等が本件裁判長の在廷命令に反して不当にも退廷した後であるとしても、第一に被告人及び弁護人等が法廷外での打合せを終えた後にその入廷を許可しなかつた本件裁判長の措置に法廷警察権あるいはその他の法的根拠が存在するか、第二に本件被告事件のような必要的弁護事件につき刑事訴訟法第三四一条を根拠として本件のように弁護人が存在しないまま審理を行いうるかについては、解釈の岐れるところであるのみならず、被告人及び弁護人等の行なつた前記の退廷が、その妥当性にいささか疑のある本件裁判長の法廷外での打合せをあくまで許可しなかつた措置に対してなされたものであること並びに弁護権のもつ憲法的意味における重要性及び弁護人等不在廷のまま行なわれた本件の具体的審理の重要性をも併せ考えると、本件裁判長の前記措置が少くとも妥当を欠くものがあるとも考えられるのであり、さらに所論指摘のその他の点についても、詳説はしないが、本件事案の背景の特殊性及び本件審理の経過に鑑みると、少くとも被告人及び弁護人等の立場からすれば所論主張のように不当な訴訟指揮等であると判断される余地なしとしない。また記録によれば、弁護人等は、本件審理にあたり相当の準備を以てこれに臨んでおり、また第一回公判期日における入廷を拒まれるまでの間の訴訟活動にも訴訟遅延を意図したと思われるものはなく、その他の訴訟活動においても右と同様であると窺われる。以上の事情を総合すると、被告人及び弁護人等が、その立場で本件裁判長の右のような訴訟指揮等から推し量つて不公平な裁判をする虞があると判断することもありえないわけではなく、本件忌避申立を以て、単に本件裁判長の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服を以てなすにすぎないもので、訴訟遅延の目的のみによるものと断ずることは、性急にするものであるといわざるをえない。要するに、本件忌避の申立は、その理由があるかどうかは別として、訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとはいえないので、刑事訴訟法第二四条によりこれを却下することができない。論旨は、理由がある。

よつて、本件抗告は理由があるから、刑事訴訟法第四二六条第二項により原決定を取り消したうえ、本件を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(海部安昌 環直弥 内匠和彦)

〈参考〉 当裁判所の見解

(弁護人が在廷命令を無視して退廷した場合における訴訟手続の進行について)

一、司法権は、立法権および行政権とならんで統治権の作用の一つである。したがつて、裁判を受けるべき地位にある者は、訴訟法規に定められた手続に準拠して防禦を行なうべき義務を負うものといわなければならない。この義務は、国法上のものであるが、その義務違反の効果は、性質上当然に訴訟法にも反映する。すなわち、右の義務違反に対し、裁判長は国法上の措置として、裁判所法七一条に定める処置をとりうるが、刑訴法もその訴訟法上の効果を考慮し、訴訟手続の進行の円滑をはかるため、いくつかの規定を設けている。例えば、刑訴法二八六条の二(勾留被告人の出頭拒否と公判手続)、同法二八八条(被告人の在廷義務と裁判長の相当な処分)および同法三四一条(被告人に対する退廷命令と公判手続の進行)のごときである。右の刑訴法の諸規定は、訴訟法規に規定されてはいるが、その前提となる被告人の義務が国法上のものである意味において、当該具体的事案の内容と無関係であり、かような被告人の国法上の義務違反の効果を、訴訟法規に反映させたものにすぎないといわなければならない。

二、かような被告人の国法上の義務の一つとして、被告人の在廷義務がある。出頭した被告人は、裁判長の許可がなければ退廷することができず、裁判長は、被告人を在廷させるため、または、法廷の秩序を推持するため、相当な処分をすることができることは、刑訴法二八八条の明白に規定するところである。さらに、刑訴法三四一条は、被告人が右の在廷義務に違反した場合の効果について、「被告人が許可を受けないで退廷し、又は秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、その陳述を聴かないで判決をすることができる」旨の規定しているのである。被告人の在廷義務は、公判期日に立会つて訴訟法規の定めるところにしたがい防禦権を行使しうる権利と表裏をなすものであるが(刑訴法二八六条)、被告人が前記の在廷義務に違反し、裁判長の許可を受けないで退廷したときは、右の立会権を放棄したものとみなされ、また、秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、自らの不当な行状により、右の立会権を喪失したものとみなされるのである。

三、ところで、以上の国法上の義務としての在廷義務は、弁護人においてこれを負うということができるであろうか。弁護人は、検察官とともに、訴訟手続の重要な関係人であり、公判期日においては、検察官は常に出席を要するものであり(刑訴法二八二条二項)、弁護人もまた、死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる、いわゆる必要的弁護事件を審理する場合には、常に出頭を要するものである(刑訴法二八九条)、すなわち、必要的弁護事件においては、弁護人の立会いが、公判開廷の要件であるのみならず、審理継続の要件でもあるわけである。かように重大な職責を有する弁護人が、検察官とならんで在廷義務を負うことは、けだし多言を要せずして明らかといわなければならない。刑訴法は、被告人の在廷義務についての同法二八八条一項と同様の形式においては、弁護人の在廷義務についての規定を設けていない。しかし、この点は、当然の条理として、検察官のそれとともに、これに関する明文の規定を置かなかつたにすぎないものと解すべきである。また、被告人の在廷義務の強制についての同条二項についても同様であつて、この点は、弁護人が弁護士としての良識を信頼し、検察官に対すると同様、在廷命令およびその強制に関する明文の規定を訴訟法に設けなかつたにとどまり、裁判所法七一条による裁判長の国法上の義務の強制としての法廷警察権は、傍聴人、被告人に対してはもとより、弁護人、検察官に対してもおよぶと解されるから、弁護人に対する在廷命令およびその強制に関する訴訟法上の規定がないことは、これを否定する趣旨でないことは詳言を要しないところである。

四、そこで、すすんで、弁護人が在廷義務に違反した場合の訴訟法上の効果について検討する。被告人が在廷義務に違反したときは、立会権の放棄ないし喪失とみなされ、在廷しないまま訴訟手続をすすめうることについては、刑訴法三四一条の規定するところであり、この点についてはすでに述べた。しかし、弁護人が在廷義務に違反した場合には、直ちに刑訴法三四一条が適用ないし準用されるものでないことはいうまでもあるまい。けだし、弁護人の在廷違反については、各種の態様が考えられ、例えば、当該弁護人のみに関する個人的事情に基づくとき(例えば、当該弁護人が他に個人的な私用をもち、あるいは、後に指定された他事件の法廷に立会うような場合であつて、しかも当該事件の在廷義務に違反することに関し正当な理由のないとき等)のごときは、その在廷義務違反の不利益な効果を被告人に帰せしめることはできないからである。(このような場合においても、右のような弁護士を弁護人として選任した被告人の責任を問い、その不利益を被告人に帰せしめてもやむを得ないとする見解もありうるが、かかる見解は、法律事務に素人の被告人に対しては酷にすぎるものといえよう。)かかる場合には、弁護人が被告人本人と異なり、代替性を有する他位にあることにかんがみ、被告人が新たに他の弁護人を選任するのをまち、あるいは、職権で弁護人を付し、しかるのちに訴訟手続をすすめるべきものと解される。

しかし、弁護人が裁判長の許可を受けないで退廷し、あるいは、秩序維持のため退廷を命ぜられた場合において、かかる異常な事態が、被告人側のいわゆる防禦権の行使としてなされ(防禦権の行使は訴訟法にかなうものでなければならず、したがつて、防禦権の行使として退廷するがごときはすでに防禦権の濫用というべく、防禦権というに価しないが、いわゆる権利濫用論における権利と同様の意味において、あえて防禦権というにすぎない)、それが被告人の意思に基づくか、あるいは、少くともその同意が推定される場合においては、弁護人の在廷義務違反の不利益な効果を被告人に帰せしめても、けだしやむを得ないものであつて、例外的に刑訴法三四一条が類推適用され、当該公判期日における訴訟手続を進行させることができるものと解すべきである。そして、当然のことながら、この理は当該事件が必要的弁護事件であると否とを問わないのである。けだし、かような場合においても、被告人が新たに弁護人を選任するのをまち、あるいは、職権で弁護人を付した後でなければ、訴訟手続をすすめえないと解するときは、このような被告人が新たに弁護人を選任することは期待できず、また、職権で弁護人を付するとしても(私選弁護人がある場合に国選弁護人を付しうるかも一つの問題である)、相当程度の準備期間が必要であるから、直ちに当該公判期日における弁護活動は期得できず、したがつて、かような被告人側の防禦権の恣意的な行使により、裁判権の正常な活動が阻害されることとなり、訴訟手続の進行については、裁判長ないし裁判所の訴訟指揮権の行使に委ねた訴訟制度の基本的な構造に反することとなるからである。

もつとも、右のように解しても、訴訟資料の提出に関し、当事者主義的構造をもつ現行刑事訴訟制度の趣旨にかんがみ、弁護人の在廷義務違反の訴訟法的効果を被告人に不利益に帰せしめる場合においては、その不利益は最小限度にとどめるように裁判所のもつ後見的機能を十分に行使し、またすすめうる訴訟手続についても、当該公判期日における手続に限定されることに留意しなければならない。

五、以上の点を本件にそくして考える。前回の昭和四八年五月二日の第一回公判期日において、人定質問、起訴状朗読後、弁護人から、公訴無効の主張が後藤主任弁護人、鈴木、錦織、山口の各弁護人の順に二時間近くにわたつて行なわれ、山口弁護人の陳述はその最後の段階においては殆んど重複発言であつたため、裁判長は、冒頭手続段階における右の主張としては、すでに述べられたところで必要かつ十分であるとして陳述を制限し、午後一時から検察官のこれに対する意見を聴いた上当裁判所の判断を示すと告知して昼休のため休廷を宣した。そして傍聴人に退廷を促したところ、傍聴人が裁判長の訴訟指揮について抗議の発言をし、これに端を発して傍聴席が騒然となつたため、裁判長は傍聴人全員の退廷を命じこれを執行せしめた。ついで午後の法廷において、弁護人の右主張に対する検察官の反論を聴いた上、現段階においては公訴棄却の判決はしない旨の当判所の見解(この見解は第一回期日に決定の形式で告知した)を示したのである。その後裁判長は被告人の黙秘権を告知し、刑訴法二九一条二項による被告人の意見陳述を再三促したが、被告人はこの法廷の雰囲気の中で意見陳述をする気になれないといつてこれに応じないばかりでなく、弁護人らもこれに同調して、傍聴人のいない法廷において被告人に意見陳述をさせるわけにはいかないというのみであつた。しかし、裁判長は、この法廷において公開の要件は十分みたされており(当日多くの新聞記者が取材のため入廷していた)、被告人が意見の陳述をなし得ない事由は全く存しない旨を告げ、さらにこれを促したところ、被告人は弁護人に相談したい旨申出たのでこれを許し、また、主任弁護人が一〇分間の打合わせの時間を求めたので、これをも許容し、ただ、打合わせは法廷内の弁護人席で行なうよう指示した。その際裁判長は、被告人の意見陳述は当日の公判廷において行なうことはすでに予定されていたことであるし、また、傍聴席に混乱があつたのは午前中のことであるから、昼休の休憩時間を経過した午後の法廷において、弁護人が被告人とさらに打合せを要するとしても右の限度で足りると解する旨を明白に説明したのである。しかるに、主任弁護人は、さらに打合わせを法廷外で行なうことを要求し、その理由とするところは、単に法廷内で声を低くして打合わせることはしたくないということのみであつた。よつて、裁判長は法廷外におけるそれは認めず、一〇分間法廷内で行なうようさらに指示したところ、主任弁護人、他の四名の弁護人および被告人は、いずれも裁判長の在廷命令を無視し、相ついで退廷したのである。そこで、裁判長は、当日予定されていた検察官の冒頭陳述および証拠申請までの手続を刑訴法三四一条により行なう旨を明白に告知した上、検察官を促して冒頭陳述、証拠申請を行なわしめ、そのうち証人一名を採用して次回に召喚する旨告知し、閉廷したのである。もちろん、その間被告人および弁護人は在廷していなかつたが、すでに一ないし四において詳細説示したところにしたがえば、当該公判期日の訴訟手続の進行について刑訴法三四一条に準拠してなしうる場合であることが明白であつて、その間の訴訟手続になんら違法はないものと考える。また、その間に、法廷外にいた弁護人から約一〇分が経過したころ、再入廷をしたい旨の申入れがあつたが、裁判長としては、在廷命令を無視して退廷した以上、再入廷は相当でないとしてこれを禁じた。この点は、裁判長の法廷警察権の行使として当然のことであり、この場合において、さらに再入廷を許可しなければならないとしたら、弁護人の恣意的な行動が裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権に優越する結果をきたし、その不合理なことは多言をもちいるまでもないと考える。

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